雑誌 岩戸開き 連載<天地の対話>によるリセット・リスタート 第8回 死後の世界の証明(その2)

 

あの世のジャーナリストによる報告書

 前回に引き続き、今回も「死後の世界の証明をしようとした本」を、拙著『死の向こう側 我々はどこから来てどこへ行くのか 本から学ぶスピリチュアルな世界』(サラ企画、2018)の中からご紹介しましょう。

 1912年に英国の豪華客船タイタニック号が、処女航海中に氷山に激突して沈没した話は有名ですが、『タイタニック 沈没から始まった永遠の旅』エステル・ステッド編、1922(近藤千雄訳、ハート出版、1998)という本は、ジャーナリストのウィリアム・W・ステッド(1849~1912)が、船の沈没によって他界した後にあの世から伝えてきた話を、娘のエステル嬢がまとめたものです。

 ステッド氏は、イギリスの社会改革派のジャーナリストで、政治・経済・倫理などを論じる雑誌も創刊していましたが、ある時から自動書記能力も発揮して、他界した文筆仲間から送られてきた霊界通信『死後―ジュリアからの手紙』(1898)を出版しました。それは大反響を呼び、以降はスピリチュアリストとしても活躍していました。

 彼は、1912年にニューヨークのカーネギーホールで開かれる世界平和に関する講演のために、タイタニック号に乗船していましたが、帰りは直接談話霊媒として有名だったリート夫人を伴って帰国する予定でした。そのためか、船が沈没して他界した2週間後には、リート夫人の交霊会に登場しました。その時は、顔のみが物質化して現われ、生前そのままの声で、娘のエステル・ステッド嬢と30分以上にわたって話をした、とのことです。その顔写真も本には掲載されており、ステッド嬢はその時の様子を次のように書いています。

 

「これを突拍子もない話と思われる方が多いでしょう。が、まぎれもない事実なのです。出席していた何人もの人が証言してくれています。私はそれを記事にして雑誌に掲載していただきましたが、その時の出席者全員が署名入りで証人になってくれました。

 その日から十年後の今日まで、私は父と絶えず連絡を取り合っております。はっきり申し上げて、タイタニック号と共に肉体を失って霊界入りした十年前よりも、むしろ現在の方が心のつながりは強くなっており、別離の情はカケラも感じなくなっております」

 

 

他界直後の様子

 この本の中から、ステッド氏の報告を次にいくつか抜粋してみましょう。

 

「私は、こちらへ来てみて、地上時代に得た知識が重要な点において百パーセント正確であることを知って、驚き、かつ感動しました。そうと知った時の満足はまた格別でした。何よりも私が驚いたのは、あの混乱状態にありながら、他の溺死者の霊を私が救出する側の一人であったことです。私自身も本当は大変な状態にあったはずなのに、他の霊に救いの手を差し伸べることができたという、その絶妙の転換は、率直に言ってまったくの驚きでした。

 落ち着く暇もなく、私をさらに驚かせたのは、とっくの昔に他界したはずの知人・友人が私を迎えてくれたことです。死んだことに気づく最初の原因となったのはそのことでした。一瞬のうろたえはありました。が、それはホンの一瞬のことです。すぐに落ち着きを取り戻すと、死後の様子が地上で学んでいた通りであることを知って、なんともうれしい気持ちになりました。ジャーナリストの癖で、一瞬、今ここに電話があれば!と、どんなに思ったことでしょう。その日の夕刊に特集記事を送ってやりたい気分でした」

 

 この口調は、いかにもジャーナリストらしい言い方で、死後もしばらく個性は残るというのは本当のことのようです。

 

 

ブルーアイランドでの生活

 最終的にステッド氏がたどり着いたのは、<ブルーアイランド>というアストラル界の上層階で、そこでの様子を次のように描いています。

 

「さて、私には二人の案内人が付き添ってくれました。地上時代の友人と、もう一人は実の父親でした。私にとって印象深かったのは、その土地全体がブルーがかっていることでした。住民や住居や樹木までがブルーという意味ではありませんが、全体から発せられる印象が“ブルーの国”なのです。父は、この階層を包む光の中にブルーの光線が圧倒的に多く含まれているためにそう見えるのであって、ここは精神的な回復を得るには絶好の土地なのだ、という説明をしました。

 この世界の第一の目的は、地上を去ってやってくるものが地上の縁者との別離を悲しんだり、無念に思ったり、後悔したりする気持ちを鎮めることにあり、当分の間は本人が一番やりたいと思うこと、気晴らしになることを、存分にやらせることになっているのです。書物を通しての勉強、音楽の実習、各種のスポーツ、何でもできます」

 

 

死後の清算

 また、この中で地上との交信方法がかなり詳しく説明されていますが、残念ながら紙面に余裕がないために、興味のある方は原著か拙著をご覧ください。ここでは「人生回顧」について最後にご紹介しましょう。

 

「死んでこのブルーアイランドに来ると、その全記録を点検させられます。ガウンを着た裁判官がするのではありません。自分自身の霊的自我が行なうのです。霊的自我はそうした思念的体験を細大もらさず鮮明に思い出すものです。そして、その思念の質に応じて、無念に思ったり、うれしく思ったり、絶望的になったり、満足したりするのです。

 そうした行為と想念のすべてが総合されて、死後に置かれる環境をこしらえつつあるのです。寸分の誤差もありません。高等な思念(良心)に忠実に従ったか、低級な悪想念に流されたか、肉体的欲望に負けたか、そうしたものが総合されて、自然の摂理が判決を下すのです。地上時代のあなたは、肉体と精神と霊の三つの要素から成ります。死はそのうちの肉体を滅ぼしますから、霊界では精神と霊だけとなります。ですから、地上時代から精神を主体にした生活を心がけておくことが大切なわけです。

 むろん、常に選択の自由は残されていますから、やりたいことを好き放題やって、借りは死後に清算するよ、とおっしゃるのなら、それはそれで結構です。今まで通りの生活をお続けになるがよろしい。しかし、いったんこちらへ来たら、もうそれ以上は待ってくれません。このブルーアイランドできれいに清算しなくてはなりません」

 

 

生存者の証言

 なお、タイタニック号の生存者の証言として、ステッド氏について次のような記述が残されています(浅野和三郎著『読みやすい現代語訳 心霊講座』ハート出版、2014より)

 

「彼は同乗していた老人や子供たち、そしてご婦人たちを優先してボートに避難させ、自分自身は最後のボートが舷側を離れる時も、依然として留まっていた。

 ステッド氏は、ただ一人黙って甲板の一端に立っていたが、それはたぶん祈祷でもしていたか、それとも沈思黙考にふけっていたかであろう。私が最後にタイタニック号をチラリと見た時も、同じ姿勢で同じところに立っている彼の姿が認められた」

 

いつか私も大惨事に巻き込まれるようなことがあったら、このように冷静沈着な態度で死を迎えられる自分でありたいと、これを読んで改めて思いました。

 

 


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