No.13 私とは:脳との関連において
1.<この世を生きる脳>と<あの世につながる脳>
2021年2月25日
『この図は、脳と意識の関係から、<私とは>を紐解いた図です。
脳は大きく分けると三層構造をしていて、<この世を生きる脳>は、思考・判断・意思決定をする<大脳>、運動や無意識的学習全般を担う<小脳>、体の生命維持全般を司る<脳幹部>から成り立っています。
一方、<あの世につながる脳>は、上記の<肉体脳>に加えて、無意識だった感情や観念がしまい込まれている<幽体脳>、これまでの輪廻の叡智や今生のありのままの事実が記録されている<霊体脳>の三層で成り立っています。
幽体脳にため込まれたものは、死後アストラル界で浄化しますし、霊体脳は精神界以上にも携えていく個人のアカシックレコード(記録庫)であるといえます。そのように、幽体脳と霊体脳は、死後になって浄化・活用するのが一般的ですが、今生を生きている<私>が、その幽体脳と霊体脳に<この世>にいながらにして意識を向けて、自覚的に<あの世>とつながることもできます。
脳幹や小脳が優位な動物の場合、<個別の生存本能>は自然法則の中で働き、<大元の神>とも無意識的に一体化しながら生きていますが、人類は大脳が発達し、<個別の自我(=私)>を持ったために、<大元の神>からは切り離された状態になりました。しかし、左側に示したように、<あの世につながる脳>において意識できる範囲を広げていくならば、(死後でなくても)<この世>に居ながらにして<あの世>につながることが可能になります。
なお、<この世を生きる脳>と<あの世につながる脳>の三層構造はほぼ相関性があり、肉体脳は大脳に、幽体脳は小脳に関連しています。ただし、霊体脳は脳幹部と言うよりは、大脳基底核とつながりがあるといえます。
そのような脳の構造との関連において、「私とは何か」をこれから説明していきたいと思います。
2.<肉体脳>における<自我=私>の発達
まず、人は生まれた時には脳の構造としてはほぼできあがっていますが、そのネットワークをいかに広げていくかは、それぞれの成育過程によって千差万別です。<この世で生きる脳>をいかに発達させていくかを示したプロセスが、右円の肉体脳における<3次元の直日>から<第3層の直日>へと向かう矢印です。
直日とは<大元の神>から入ってくる意識の経路で、生まれた時は脳幹部の中心の<3次元の直日>から、その意識は無意識的に入ってきます。脳が意識を生み出しているのではなく、意識が直日を通って入ってくるために、脳が機能することができています。脳幹部→小脳→大脳への矢印は、脳機能の発達とネットワーク化により、本能的自我→感情的自我→社会的自我としての機能をもつ<私>として成長し、脳のネットワークができていくことを示しています。
その<私>がどれほど成熟しているかはともかくとして、<私>という意識が芽生える2~3歳ごろにはすでに、第3層の直日から入ってくる意識によって、<私>をはじめ<外的世界>や<内的世界>を認識するようになります。
3.私=意識している範囲
<私>というのは、その<第3層の直日>から入ってくる意識によって、その時々に<意識している範囲>であり、一般的な現代人は、肉体脳のみで意識し考えている人が多く、その場合は中央円の内円の範囲を<私>と認識しているといえます。
その<意識している範囲>を、より外円の無意識層にまで広げていくには、<私>から<あの世につながる脳>の中心である<4次元の直日>に向かう必要があります。それは自分の心という<内的世界>を意識化していくということです。
具体的には、(心の無意識層である)幽体脳にため込まれている抑圧された感情や無意識的観念を「ありのままに見て、受け入れて、学ぶ」という形で意識化することによって、その学びを霊体脳に(智慧として)書き込むことができます。またその霊体脳というのは、一般的には<魂>とも呼ばれていますが、そこに意識を向ければ、今生の課題や使命、<魂の願い>などを汲み取ることができます。
そのように、<私が意識する範囲>を<あの世につながる脳>の方に広げて、肉体脳→幽体脳→霊体脳にまで意識を拡大することができるならば、そこまでが<私>として意識できる範囲となります。そのように生きたまま<4次元の直日>(=解脱ポイント)にまで意識が到達した状態が、仏教では<即身成仏>といわれていたのです。
4.発達した脳を持つ人類の特性
以上のように、私たちホモサピエンスの脳というのは、<私>として意識できる範囲を広げていくことによって、<この世>だけでなく<あの世>ともつながった脳にまで発展させることができます。人間は<この世>への輪廻転生を繰り返しながら、生前であろうと死後であろうと<4次元の直日>にまで意識が到達したならば、<解脱>することが可能で、それこそがこの地球でのまずもっての目標であったといえます。
そしてその解脱ポイントである<4次元の直日>にまで意識が到達すれば、そこから5次元→7次元→9次元へと<あの世>の次元も段階的に伸ばしていくこともできます。そのように<私>の意識範囲を自ら広げていくことによって、「私とは何か」がわかり、さらには「宇宙とは」、「意識とは」、「神とは」という謎までも、その脳によって解明していくことができます。そのような可能性を秘めているのが、発達した脳をもつホモサピエンスの特性です。つまり、神が創ったこの世界を、その脳で解明し意識化していくことが、私たち人類の最終使命であったといえるのです。
そのように、最終的に<大元の神>にまで意識が達した上で、「私とは何か」ということをより大きな視点で捉えるならば、次のようになります。
5.神の分身としての<私>
<この世>というのは、「私とは何か」を知らない<無知の知の神>が、自分を知るために作った体験の場であり、私たち1人1人はその神の分身です。しかしそれは霊体脳とつながって初めて実感できることであり、<この世>を生きる脳が肉体脳優位となれば、それを次第に忘れてしまいます。そうなると、<私>が意識できる範囲はますます肉体脳のみになって、神とは完全に離れた感覚にもなることでしょう。
しかし<私の認識する範囲>を無意識層にまで広げて、神の分身だと直観できる霊体脳とつながれば、<この世を生きる脳>と<あの世とつながる脳>の両方を最大限に生かしながら生きることができます。
そのような全体を見る目で真実を見ていくと、<この世>も<あの世>も、実は神から入ってくる意識によって脳が見ている夢(ホログラム)であるということも、最終的に分かってきます。なぜなら、<この世を生きる脳>は時間経過の中で物事を把握し、この物質世界は恒常的にあると認識していますが、それは<集合的観念>によってそのように見えて体験しているだけであり、<あの世とつながる脳>の霊体脳で真実を見るならば、「意識すればそれはあり、意識しなければそれはない」ということになるからです。
それは仏教では<色即是空 空即是色>として、また量子力学では<量子の不確定性原理>として語られている真理です。神から入って来た意識をどこに向け、どう意識するかしないかを決定しているのが脳であり、その時々でその脳が意識できる範囲を<私>だと認識しているということです。では、その<私>も意識した時にだけあるのかというと、究極的にいえば、それが真実なのです』