新しい世界の探訪記
新しい世界に行った時のオリエンテーションのために、蓮さんに新しい世界に行って探訪記を書いてもらいました。新たな5次元の世界は、<思念の現実化>によって柔軟に環境が変わっていく世界です。その新しい世界に移行する予定の方々は、今から「こうあってほしい」と願う世界を思い描いてみて下さいね。それが集合意識となって、より豊かな世界が形成されていくものと思います。
2024年11月9日
<新しい世界>は、白く濃い霧が立ち込めていて、1メートルくらい先しか見えないが、とにかく風がビュンビュン吹いていて、その霧が横殴りに通り過ぎていく。はじめは、どこかの山頂にでもいるのかなと思うほどだったが、足元は草原で、膝下くらいの細い草が茂っていることに気付く。するとだんだん霧が晴れてきて、馬に乗ったインディアン風の若い男性が迎えにきてくれた。
後ろに乗せてもらい、颯爽と草原を駆け抜けていく。まるで宇宙船にでも乗っているのかなというくらい、地平をスーッと進む。おそらくある人にとってはそれが宇宙船に見えるのかもしれないし、私にとってはレトロな情景として馬に見えているのかもしれない。
ただ、その男性はよく知っている感じで、背中にくっついていても、とてもしっくりくる懐かしさがあった。3次元で死んだ時は肉親などが迎えに来るというが、<新しい世界>の5次元では類魂やソウルメイトなどと表現される、近しい霊的関係の人が迎えに来るようだ。何も話さなくても、今どこに向かい、ここがどういうところかが伝わってくる。
それを言葉にすれば、以下のようだった。
「こちらに来たら、それぞれに必ず迎えがある。最初は何も見えない白銀の世界のように見えても、迎えが来た時点で風景が見えて来る。なぜなら、まだその世界の見え方に慣れていないが、誰かと集合意識として共有すれば、その人が見えている世界が自分にも共有されるからだ。
<思念の現実化>という法則によって成り立っている5次元世界は、3次元世界のように確固とした物質世界が見える訳ではなく、本当は何もないところに、思念で情景をその都度創り出しているところもある。そのため、最初から一人でそれをするのではなく、慣れている者がそのやり方を共有してくれることになっている。そのように5次元というのは、「仲間との協力」が前提としてある。
そして、その迎えの者によって、まずは自分の魂のルーツである場に案内される。5次元の世界といっても縦にも横にも幅広い。縦というのは次元の幅で、3次元にいるような確固とした物質世界から、基盤の環境は変わらなくても、思念によってガラガラと細部は変わっていく5次元の世界、そして物質性というよりも、意識の拡大性を楽しんでいる7次元に近い世界まである。
そして横の幅というのは、地球だけでなく宇宙規模にまで広がるというところ。元地球人もいれば、他の宇宙人も入ってきているので、魂のルーツがそれぞれに違って、個々の馴染みがある世界観も多様である。
だから、地球からこの5次元に来た人には、まずその人に馴染みやすいところに案内することになっている。そうでないとカルチャーショックを受けてしまうので、新しい世界のスタートは「あ、懐かしい」という感じのところから始まる。
あなたの場合は、ネイティブ・アメリカンの自然と調和している暮らしが、魂の故郷に近い環境なので、今はそちらに向かっている。そこで、こちらの世界での事情を教えてもらうことになっている」
以上が、ほんの数秒で伝わってきたことを、あえて言語化したものである。そのように<新しい世界>でのコミュニケーションは、テレパシーが多用されている。だから、要点がまずはバンと伝わってくるし、そこに余計な気遣いや嘘も入っていないので、ストレートに理解できる。そうなると共感性が高く、心もオープンになりやすいように感じる。
集落について、白いテントに案内される。これも見ようによっては、最先端の宇宙基地のようにもなるのかもしれない。「もしかして、そうかな」と思うと、一瞬はその画像に変わるが、またレトロな布張りのテントに戻って、その中に入った。
そこには長老のお婆さんがいた。長老といえば地球では男性のイメージだったが、こちらでは女性がそれを担っているようだ。私はそのお婆さんに会うと、祖母の面影と重なったからか、懐かしさで涙が溢れた。
長老 『長い旅路だったろう? どんな体験をしてきたのか、聞かせておくれ』
ここでは長老に自分が地上でどんな体験をしてきたのかを、まずは話すようだ。そうした人生回顧での学びをもって、この新しい世界での役割や、伸ばすべき特性が話し合われる。それについては、テレパシーではなく言葉で話すのは、自分でもちゃんと意識化するためなのだろう。
5次元でも、しっかり意識化した方がよいことは、言葉にする。そうすることによって、多くの情報の中から、大事なことや核心部分に焦点があたりやすくなるからだ。漫然とすべてが伝わる<ワンネス>だからこその良さと、しっかり焦点づけて意識化・言語化していく個々の思考の両方を、使いわけているのだなと思った。
私はテントに入って中を見回した。その空間は、温かみのある光でうまく調光されていて、粗野で貧しい原住民生活というよりも、精神性が高く、品格と落ち着きのある、清潔な空間だった。テントは外から見ている分には2~3人が暮らす広さに思われたが、中に入ってみると思いの外広かった。
「どれくらいの広さなのだろう?」と思うと、視点がテントの真上に飛び、私と長老が小さく下に見えたので、かなり広い空間であることは確かだった。次に私は「外はどうなっているんだろう?」と思うと、そのままテントの外にまで浮き上がり、何十軒か集まっている集落を上空から俯瞰する鳥の目のようになった。そのまま空間を少し移動してみると、山の上から開けた斜面が一望できるところがあった。その辺一体は、緑の森や滝もある自然豊かな景観で、遠くには他の集落もあることが確認できた。
私は再び、長老の前に戻った。新しい世界は、夢を見ている時の世界観に近い。時間が1秒1秒均等に進むのではなく、ある1秒がものすごく長く濃くなったりもする。そのように、時空間に縛られずにいろいろ見て回っていたが、それは一瞬のことなので、話は途切れずに続けられた。「地上でどのような学びをしてきたか?」というのが、私に聞かれている問いだった。
私 「まず学んだのは、仲間と協力するからこそ、自分の特性が生かされる、ということでした」
そう語ると協力にまつわるいろんなことが私の中で想起されて、それがビジョンとして駆け抜けていった。長老もそれを一緒に見ていて、その感想を一言でまとめるように言った。
長老 『人間は完璧ではないからね(笑)』
続いて、自我が未成熟なために、子どものような万能感と完璧主義にとらわれ、憑依霊と結託して「やればできる」と頑張っていたが、それが立ち行かなくなって自分の限界を認めたこと。そして仲間に助けてもらって、不足した愛を補われ、自我の成長もさせてもらったこと。また自分の特性を発揮するにも、違う特性の人と協力したからこそできたことなどを語った。
そういう様々なことが、一言ずつに凝縮して込められていて、お互いにその情感を十分に感じ取りながら、話は進んだ。本人の気が済むまで、こういうやり取りは続くらしい。それが終わったところで、ここでの生活にあたってのポイントを教えてもらった。
長老 『ここでは主体性が必要になる。3次元の世界では、まずは堅固な物質世界がある中で、それを受動的に見ていくことが当たり前だっただろうが、5次元ではそのシステムがまずは変わる。
先ほど、「広さはどうなっているのか?」とあなたが思ったからこそ、そのビジョンが展開されていったように、自分が「知りたい」と思ったことが、目の前に物質的にも見えるようになるということだ。<思念の現実化>というのはそういうものなので、その感覚にまずは慣れるために、いろんなことに好奇心をもって探索してみなさい』
1秒間、意識が違うところに行っていたのも、長老にはわかっていたのだった。ここではすべてがオープンに伝わり、その中身がどうあろうと、責められることはない。何もかもが自由だが、自分が好奇心をもって見ない限りは、何事も展開していかない世界であるということだ。それはそれで、受動性に慣れていた私にとっては、楽ではないようにも思った。
長老 『3次元での<因果応報の法則>による課題を卒業したからこそ、5次元の自由はある。楽しいこと、自分の魂が喜ぶこと、ここではただそれをすればいいんだよ。ワンネスであるこの世界では、自分の喜びは他者の喜び、ひいては神の喜びにもなるのだから』
そして、まずは歓迎会が開かれることになった。テントの中の奥に、それまでは見えなかった台所が現れる。そこはテントの布が外に大きく開いていて、自然光が入ってきている。半分外で半分中のような、キャンプ場で料理をする感覚に近い台所だった。食材庫には、何と梅干しやぬか漬けのビンがあり、藁でくるんだ手作り納豆もあった。何でも思念でポンと出て来るのかと思ったら、納豆から手作りしているということが不思議に感じた。するとその回答がテレパシーのように私に届いた。
長老 『ここではね、大事に体験したいことほど思念ではなく、時間をかけて作っているんだよ。手間暇をかけるからこその、味わい深い楽しみが得られたり、そこから学べることも多いからね。何でも夢のようにポンポン出して、それで「寝て、食べて、終わり」というんだったら、ちっとも面白くないだろう?
例えば、この納豆だったらまずは土を耕して、豆の種を蒔いてそれを長時間かけて育てるところからはじめる。育っていく中での自然のリズムに自分を調和させ、そこでゆっくり育まれるエネルギーに神秘を感じる。豆とも会話して、水をほしがっているようなら雨を降らせることもできる。そして収穫の時期になれば、ありがたくいただく。そうやってできた豆を、また発酵させて納豆にする。
それは、私たちの心の中とも連動していてね、小さな種が成長することで、自らが多くの実をもたらし、成熟して人の役に立つ。そういう自然からのささやかな語りかけを、私たちは謙虚に受け取って、時間をかけてゆっくり育っていくものを見守る、忍耐強さも育くんでいるんだよ。
体験から学ぶ。それはここ5次元でも同じなので、その体験を十全に楽しむために、どこまで思念で補い、どこまで時間をかけてじっくり味わうかは、個々の学びに合わせて決めているんだ。私は作物を作ったり、料理をすることが好きなので、そこに時間をかけるタイプだけど、逆にそういうことはパッと済ませて、他の創造活動に時間やエネルギーを使いたい人は、食事は思念で一瞬にして出すこともできる。
だからあなたも、自分がどんな体験をしたいか、よ~く魂の声に耳を澄ますことだね』
納豆の話でここまで話が展開するとは思っていなかったが、ここでは1つずつの体験に深みがあるようだ。
食事ができあがってテーブルに並べたころには、いろんな人たちが集まってきた。最初は知り合いのレムリア人10人ほどが見えたが、誰が来ているかよく見ようと思うと、だんだん人数が増えていった。私が「メッセージで通信しあった人たちも来るのかな?」などと思うと、急にその人が見えてくるという具合に、「来てほしい」と思った人が次々と現れる仕組みになっているらしい。
テントの中にあったテーブルは10人用だったので、「みんなが座れないなあ」と思っていると、どんどん席が増えていった。しかも、らせん階段のように立体形式で、テーブルとイスがポンポン出現していき、それぞれが自然と自分の席と思われるところに座った。
私 「会食は平面で、という固定観念がありました(笑)」
長老 『らせん状の立体テーブルにしたのは、いろんな次元の人が来るからそれに合わせてだよ。5次元の住人と7次元の住人が真横に座るよりも、何となくつながったらせん状の立体で上下に住み分けて座った方が、お互いに自然体でいられるからね』
みんなと<つながっている感>は、ダイレクトに感じる。例えば、私がらせんテーブルの一番下端にいても、一番遠い上端にいる人とも顔を合わせているかのように身近に感じられる。その人を意識した途端にスッと間近に感じて、話が終わればまた遠のくけれど、みんながつながっている感覚がずっとあるのだ。要は<思念の現実化>で、私が誰かを意識すると、現実がすぐに反応するということだろう。私は一人ひとりを思い浮かべては、挨拶をしていった。
その中には、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いたナディアさんもいた。ナディアさんは、2017年に地球の中にあったレムリア探訪をした時に、案内係をしてくれた方で、その後も<新しい世界>の実況を頻繁に伝えてくれていて、最近では「妊娠した」ということも聞いていた。
無事に生まれた赤ちゃんを抱っこさせてもらう。その赤ちゃんは人間と変わらない姿だった。私たちのルーツはドラゴニアンだということだったが、どんな姿を取るかは自在に決められるそうで、今は私が慣れるように可視化されているのだという。
集まった中には宇宙人もたくさんいるので、いずれは彼らにもインタビューしてみたいとは思っているが、まずは赤ちゃんを出産したばかりのナディアさんに話を伺う。
ナディア 『無事出産! こちらでの赤ちゃんは、3次元の地球で亡くなってすぐにこちらで生まれるケースがとても多いのよ。つまり、消滅と生成はセットだと言うけれど、まさにそんな感じでこちらに移行して来る赤ちゃんが多いの。
例えば今は、3次元で大人が亡くなれば、肉体を脱いで、アストラル界→精神界を経由して、5次元に移動してくるけれど、赤ちゃんの場合は<即身成仏コース>を通って5次元に直接ポンと来る。だから、そのままこちらに生まれて来るというわけなの。
そういう赤ちゃんにとっては、少しでも3次元に生まれることは必要だったの。その第1は、3次元のカルマを消化するため。3次元の法則は因果応報だから、それまでの悪因の結果を解消しないまま、5次元に来ることはできないのよね。でもちょっとでも生まれれば、その因果をクリアできるということで、3次元ではすぐに亡くなったんでしょうね。
そしてもう一つは、ちょっとでも3次元に生まれることで、レベルアップを図るため、という子もいる。今の子どもたちは虐待されたり、戦争で悲しい思いをする子も多いけど、そういう体験をすることで、他者の痛みを感じられるような深みとして、魂がより成熟させられる。
3次元の闇って本当に深いから、そこからの学びはこちらでは得難いものなの。それをちょっとでも味わうと、5次元に来た時の光の世界でも奥行きが出る。ただのノッペリとした光じゃなくて、何色も重なった色合いや、闇をも照らす強さや鮮やかさを持った光として、その輝きが増すという感じかな。
だけど、今の3次元ではズッポリと闇にはまり込んでしまって、自分の魂の光がそれに呑み込まれてしまう危険性もあるんだよね。だから、ものすごく際どいところに、今の赤ちゃんや子どもたちはいると思う。「早くこちらに移動してきてほしい」と思うのは、そういう子たちまで幽界霊にやられてしまう前に、と思うんだよね』
ナディアさんの赤ちゃんは、すやすや眠っている。この子は、3次元で亡くなった子だったのだと思うと、改めて「早くこっちに来られてよかったね」と思った。