現在における死の定義

 

2022年64

「今、<新しい世界>も起動している中で、現状における死について、具体的に説明をお願いします」

 

『死とは、この3次元世界での<肉体生活の終わり>を指しますが、それは同時に<霊的生活の始まり>でもあります。人は死んでもそのまま意識は残り、生前の個性もそのまま継続されて、死後も生き続けるのです。

 

なぜなら、<この世>において、人は<霊体脳のある霊体>と、<幽体脳のある幽体>と、<肉体脳のある肉体>の三層が重なった状態で生きているのですが、死とはその中の<肉体脳のある肉体>を脱ぐことに過ぎないからです。

 

死後は、まず<霊体脳>に記録されていた記憶に従って<人生回顧>をして、それまでの人生を走馬灯のように振り返ります。生前は<肉体脳と幽体脳>に蓄積された、主観的で都合のいい観念で自分と他者を見ていますが、<霊体脳(魂)>にはありのままの事実が記録されているからです。

 

その人生回顧のビデオを見て、まだ何らかの未消化な感情や欲望が残っている場合は、それに見合った階層のアストラル界に行くことになります。<この世>においては、自分が見たくない感情や欲望は幽体脳に押し込められていますが、そこではその幽体のまま、それらの感情や欲望を追体験して、じっくりと学び、消化していくことになるのです。

 

それが十分になされると、次はその幽体を脱いで、霊体になって精神界に行きます。それは<第2の死>とも呼ばれています。死とは、そのようにある段階で使っていた体を徐々に脱いでいくプロセスに過ぎないのです。特に地上界とアストラル界までは、各人分かれた体を持っているので、まず<第1の死>では固有の肉体を脱ぎ、<第2の死>では次の幽体を脱ぐのです。

 

そのようにして、最終的に霊体となって次の精神界にまで行けば、それまでの個的存在から次第に類魂となって、よりワンネスに近い存在となります。ただし、この精神界までが<広義の3次元>として、まだ個としての霊体はまとっており、低層階では個人的観念を、上層階では集合的観念を浄化していきます。

 

かつては精神界の最上層にまでいった段階で、まだ課題があれば地上への輪廻転生をするか、それとも解脱して天界に行くかの2つのコースがありましたが、もはや<現在の地球>は消滅していくために、地上への再生という選択肢はありません。そのため天界にまで行けば、<新しい世界の5次元>に行くことができ、あるいは<元いた5次元の宇宙>に帰ることができます。

 

以上のように、死とは元の霊的世界に戻ることにすぎず、個別の意識や個性はそのまま継続されていくのです。しかし、現代は目に見える肉体しか信じない、唯物的観念が確固として支配する世の中になりました。そのため、「死んだら終わりで、意識もなくなる」と思い込んでいた人が、死んでも意識があるために、生きているつもりで地上界をさまよっている霊も非常に多くなっています。そのような場合は、そのまま幽界に留まり、地上界と共に消滅することになります。

 

これから大災害、戦争、疫病、食糧難等が加速し、ますますこの世は混沌とした状況になっていくことでしょう。それは、人類がこれまで地球やあらゆる生命に対して行ってきたことの結果でもあるので、それを<因果応報の結果>として受け止めて、この世で生き残ることに執着せずに、<新たな世界>に思いを馳せる。それができるならば、今後起こるあらゆる事態に対しても、より平静な気持ちで対処することができるでしょう。

 

そのような状況における死を、今改めて定義するならば、「この世の悪夢から覚めること、それが死である」とお伝えします』

 

 

 

 

【目次】へ戻る