<心の闇>と<アストラル界>① 立花隆×コナン・ドイル×三島由紀夫×河合隼雄
2021年7月19日、20日
立花 『この<心の闇>と<アストラル界>というのは、男性からはどうしても見えにくいテーマだったように思います。(晶子さんにご指摘いただいたように)私達は拡大志向で、とにかく外に意識を広げていくところがありますからね。しかし、その見落としがちな内界のテーマこそ、実は軽んじてはならない重要なものであったのだということが、分かってきました。このインタビューでそれをしっかり意識化し、明らかにしていきたいと思います。
まずは、コナン・ドイルさん、名探偵「シャーロック・ホームズ」の著者ということはみなさんご存知でしょうが、人生の後半はスピリチュアリズムの伝道にその印税のすべてを費やしていたということですね。その頃の状況について、まずは教えてください』
ドイル 『私はクルックスさんとほぼ同時期の19世紀後半、交霊会がさかんになっていたイギリスに生きていました。はじめは<あの世>の存在は信じていなかったのですが、科学者が霊的世界の物理的証明をしていて、実際に霊が見え、触れ、声が聞こえ、人や物は浮き、アポーツ(物体移動)さえ行われているということで、私も交霊会に参加するようになり、実体験を通して認めていきました。
当時の交霊会では、とにかく<あの世は存在する>という一点を、唯物主義に席巻されている世の中で、明確に証明しようとしていた時代でした。そのため、死後世界の詳細についてまではまだ把握しておらず、様々な段階がありそうだという予感はつくものの、当時はそれらの区別をつけることはまだできていなかったのです。
そして、<あの世>の階層について分かっていなかったために、結局はその低層であるアストラル界に多くの霊媒が取り込まれてしまい、天界主導で行われていた霊現象までも、その玉石混交の中に埋もれてしまいました。
そこで私は、自分が他界した後に、地上の霊媒にコンタクトをとって「死後階層図」として体系化した<あの世の構造>を説明し、それを皆に公表してもらったのです』
立花 『「死後階層図」をごく簡単に説明していただけますか?』
ドイル 『その時、私が降ろした死後階層図は、下から<アストラル界(幽界)→精神界→天界>に至る構造でした。死後すぐにあるアストラル界は、あらゆる欲望や感情、それにまつわる個人的観念までを浄化する層です。下層では自己中心的な低い欲望から、上層に行くに従い様々な感情を感じる層があり、最上層では人の役に立ちたいという欲求までもが追体験できます。
それは生前、自らの幽体にため込んで未消化だったものを、再び体験しながらその感情や欲望と向き合い、なぜそれに固執していたのかがわかれば浄化されて次の階層に進むという具合です。アストラル界を抜けて精神界に行く時には、<第2の死>と呼ばれるほどに目が覚めたような、感情的に執着のない心境になります。
次の精神界では、もう少し深い個人的観念に加え、集合的観念も見ていき、類魂も含めたこれまでの全人生を<因果応報の法則>に基づいて総括して見ていきます。そこでまた地上に再生する必要があれば、輪廻を繰り返すことになりますし、もはや解脱できるほどにそれまでの体験を学びに変えられていれば、次の天界に進むことができます。それが死後にたどるプロセスです。
これらのことが「死後階層図」で明らかになったことで、地上の霊媒がその層のどことつながっているかの判断がつくようになりました。そうやって分類していくと、階層によってメッセージの質やそれが醸し出す品格までも違うのだということも分かるようになってきましたし、その内容を審神者が冷静客観的に、正しく見極める必要があるということも注意喚起されました』
立花 『それで皆が審神者をつけるようになったのですか?』
ドイル 『審神者と霊媒がセットで降ろされていた質の高い霊言はしばらく続きましたが、それは入神霊媒が中心でしたから、場を守り、質問をする審神者は、霊媒にとっても必須のものであったといえます。
ところが、自動書記、そしてインスピレーション書記のように、霊媒が自我機能を保ったまま受信するようになると、審神者をつける必然性を感じられなくなったためか、霊媒だけで<あの世>との交信を行うような時代に、今は変遷してきました。
そうなると最初は高次元にアクセスできていても、だんだんと低い層に落ちていくということが、頻繁に起こるようになりました。それは、霊媒自身の<心の闇>が問題でした。<心の闇>とは、第2層の無意識層にため込んでいる抑圧した感情や観念のことで、そこが浄化されていなければ、そこと共鳴するアストラル界にどうしてもつながってしまうからです。
審神者がいれば、その内容の変化からそれに気づき、<心の闇>を意識化するようにさせることでしょう。しかし1人でやっている霊媒は、自分が低い所とつながっている感覚はなく、むしろそちらの方が強力な万能感と高揚感を得られますので、今やほとんどがアストラル界とつながった霊能者であふれるようになってきた、というのが現状です。
語られるメッセージが、自己責任を問う<因果応報の法則>から、<引き寄せの術>という自己満足を満たすものに変化したのが、それを象徴しています』
立花 『なるほど。<心の闇>に応じて、霊媒のつながり先がアストラル界になるということはよくわかりました。それは霊能力のない一般の人にとっては、関係がないと思われがちですが、その辺、日本人の<心の闇>を心理学者として見続けてこられた河合隼雄さん、いかがでしょうか』
河合 『確かに、一昔前は、心に闇があったとしても、アストラル界は基本的には死後に行く<あの世>でしたから、霊能者のつながり先や自我境界があいまいな人が憑依されるくらいの、ごく特殊な人たちの問題でした。
しかし、唯物主義の人が多くなってくると、それに伴い「死後の見えない世界などない」という集合的観念ができました。また明確に否定していない人でも「曖昧にして考えない」ということで、死後世界は意識の外に追いやっているのです。そうなると実際に死んでも意識があると「まだ生きている」と思って、地表をうろつく浮遊霊がたくさん出てきました。それが地表を覆ってしまったため、<この世>としての地上と、<あの世>であったはずのアストラル界の境界は曖昧になり、次第に重なっていくようになったのです。
その結果、(幽体としての)心の第2層とアストラル界(幽界)は、地上にいながら互いに共鳴するようになりました。そして、それは一部の人だけの話ではなく、一見社会で活躍しているような普通の人たちも、実はアストラル界とつながりそのパワーを使っているという時代になりました。なぜなら、物質世界により近いアストラル界は、お金や物などを引き寄せることができるので、地上の人にとってもそこと手を組むのは好都合だったからです。
しかし最初は都合よく(引き寄せの術などでアストラル界のパワーを無自覚に)使っているつもりが、次第に共依存関係になり、最後にはアストラル界の霊の思うようにコントロールされていたということは、実際に多く起こっていることなのです』
立花 『三島由紀夫さんはそれを実際に体験されたということですね?』
三島 『はい。私はまったく無自覚でしたが、最後に割腹自殺に至った時にはもう、アストラル界の霊の勢力に押されているところがありました。そしてそれは、私の<心の闇>とうまく共振しあい、増強し合っているので気づかず、自分ではまさかと思うほどでした。自分の意志で強く決意していることにすぎないと、思っていたからです。しかし死後に自分を振り返ると、第2層はかなり深い闇と化していて、これならばアストラル界と強く共鳴せざるを得ないだろう、と思いました。
私は1925年に生まれ、こだわりが異常に強い祖母一人に抱え込まれるように育ちました。体も弱かったので、過保護・過干渉の中で、いわゆる精神的虐待に近い育てられ方をしたようです。その上、自分でもごまかした徴兵検査で兵役をまぬがれてしまい、それに罪悪感を持っていました。さらに同性愛者であることにもコンプレックスを抱いていましたし、同時に自己愛の強いナルシシストでもあったのです。これらの<心の闇>に無自覚でいたために、人生の終盤にはその内在する鬱屈したエネルギーが、イデオロギーという形で政治活動に転化したのでした。
その共振する種は私の中にあったものですが、その抑圧したエネルギーをもとに動き出した時にはもう、アストラル界に強く押されていた所があったように思います。最後には怖さを感じなくなり、葛藤さえもなくなっていました。まだ葛藤できているうちは自我機能が正しく働いているのでしょうが、葛藤なく思い込んで突っ走っている時というのは、その衝動が自分では抑えられなくなっていたのです。それはまさに、無自覚にアストラル界に共鳴し、適切な自我のコントロール力を失っている状態だったと思います』
立花 『そう言われると、普通の精神状態では、なかなかそこまではできませんよね。しかしそれは三島さんだからこその、特別なことだったわけではないのですね?』
三島 『確かに私の場合、ナルシスト的な面と破壊衝動が、両方極度に出ていましたので、あれだけ派手な最後になりました。しかし今、私はアストラル界にいていろいろな人の話を聞いているのですが、そうするとその強弱はあるにしろ、みな「自分の<心の闇>に共鳴して、実はアストラル界につながっていた、それは本当に自分では気づかなかった」と口を揃えて言っています。霊能者でもない、本当に普通の人でさえ、そうだというのです。
そして、普通の人でさえそうなのですから、より深い<心の闇>を持ち、欲にまみれて判断能力を失っているように見える人の多くの人々は、もはやアストラル界と強力にタッグを組んでいる、と思った方がよいのではないでしょうか。社会的に活躍している人の方がなおその傾向があるといえますし、そのようにアストラル界と手を組んだ人たちが、今や世界を動かしている、といっても過言ではないように思います』
立花 『そういえば、常識からするとありえないといような自己中心的な人々は増え、良心の呵責がないのだろうかという経済優先の産業構造、目を疑うような犯罪の数々も増えています。その事実からしても、人類の<心の闇>がアストラル界と共鳴して、世界を裏から支配しているというのは納得できます。そのようにアストラル界と共鳴していなければ、破滅に自ら向かっているようなことは、むしろできないのではないでしょうか』
河合 『そうとも言えます。しかし、アストラル界のせいだけにはできません。もちろんそれが増幅され、強化されているという意味では、その影響は甚大です。しかし人は心に闇を作ると、これほどまでに愚かになる、ということでもあるのです。愚か以上に、自己中心的で邪悪だ、と言ってもいいかもしれません。
そして闇というのは<無意識である>ということですが、自分の中に愚かさが内在していても、それが意識できていれば、ただその時にそう感じたという一過性のものになります。しかしそれを意識せずに抑圧することで、意識できていない闇となっていく。そして、それを続けていくと、それがパターン化されて観念ができていくのです。
例えば人生早期にできる<自己肯定・他者否定>の観念などは、そのようなフィルターですべてのことを見ていくので、起こった出来事を「私は正しい、相手が間違っている」と歪めて編集した記憶にすり替えていきます。そうすると自分はいつも被害者となり、その度に<心の闇>にはネガティブな気持ちがため込まれていきます。そのような観念に裏打ちされた<心の闇>というのは、もはや変えることは難しく、パターンとしてくり返すために闇の深さも相当濃いものになっているはずです。今や、このようなタイプの深い闇を持つ方もとても多くなってきた時代となりました。
そのほか、自分や他者と向き合わずになんとなく曖昧にしている状態も、<心の闇>を増大させていくといえます。そこまで深い闇ではないにしろ、日本人のほとんどは、このタイプであるといってもよいのではないでしょうか。
結局、アストラル界につながってしまう問題はあるのですが、その原因はやはり自らの心の問題なのです』
立花 『これまでのインタビューで、様々な人類の闇を見てきたように思いますが、それらの源泉は、第2層の無意識層にある<心の闇>にあったといえるのでしょうか?』
河合 『そうです。あらゆる問題は、<心の闇>が源泉です。その第2層の闇が濃くなったために、魂(第1層)と意識的自我(第3層)が分断され、人類は神を見失いました。自分の魂を見失えば、神や<あの世>を見失うことにつながります。その結果、<この世>の目に見えるものだけにしがみついて生きることになってしまうのです。
しかも、<あの世>を否定しているにも関わらず、無自覚に<あの世>であるアストラル界とつながり、共依存しあっているというのが実状です。人類は物質社会に目を奪われるあまり、自分の心に向き合い、そしてその奥にある自分の魂に向き合うということをないがしろにしてしまったということでしょう』
立花 『今から何とかできるのでしょうか?』
河合 『残念ながらできません。それを止められる臨界点は、とうに過ぎていて、もはやダムが決壊するのは時間の問題だからです』
立花 『それで人類が自ら自滅に向かったり、自然災害等の因果応報の結果がじわじわと起こって苦しむよりも、7次元からのエネルギーで一発で夢を覚ますという、<リセット・リスタート>が計画されたということなのですね』
河合 『そうです。それを平成内に狙っていたのですが、アストラル界の闇は深く、リセットはできませんでした。しかしその時にリスタートとして新しい地球が<あの世>にできたのですが、その詳しい経過はサラ・プロジェクトの書籍「シリーズ2」にまとめられています。そして今は、さらにアクセスするあの世の次元をあげ、9次元から11次元への<リセット・リスタート>を狙っていて、それはシリーズ1にまとめてあります』
立花 『それらに興味のある方はそちらを読んでいただくとして、「(1)この状況でも、今、自分にできること、(2)闇に飲まれて行く社会や人をどのように受け止めればいいのか」の2点をお話しいただけますか?』
河合 『(1)と(2)のどちらにも基盤となるのは、<因果応報の法則>を受け入れることです。心の闇、社会の闇を突破していくのは、その法則で考えるしかありません。
どのような状況であっても、<因果応報の法則>に則り、自分の魂の願いにかなった選択をすれば、次に与えられる現実は<善因善果>となるはずです。もちろんその(善果としての)結果というのは、第2~3層にとって好都合なことというより、魂にとって深い学びに至るためのものかもしれませんが、自分にできることというのは最後まで魂の願いを聞き続けることしかないのではないでしょうか。<心の闇>のさらに奥に魂はありますので、その声を聞くにはよく耳を澄まさないといけませんが、誰にでも聞くことはできるはずです。
次に(2)に関しては、どの人もその時代、その場所を選び、本人の選択と責任において生きています。それは生前選んでくるという意味で、小さな子供でさえもそういえます。ですから、この地球の悲惨な惨状を分かった上で、みなさん、あえてそれを体験しにきているということです。
そうなると、一時的に苦しく見えることも、魂のカルマを果すため、あるいはより成長するために本人が選び、その因果の中で起きていることだといえます。そう思えば、感情的に巻き込まれずに、その自由意志を尊重する気持ちになれるのではないでしょうか。
そして、より大きな目で見れば、この世は夢であり、その夢の体験を「ありのままに見て、受け入れ、そこから学ぶ」ということだけが、私たちは求められています。それは失敗も含めてそこから学ぶということです。
現に、今回の立花さんのインタビューで、人類の失敗体験から、これだけ深い学びが明らかになっていますよね。それは「成功や失敗はなく、いい悪いの判断もなく、こうなってほしい・ああなってほしいという気持ちも手放して、ただありのまま見られるようになる、そこから学ぶだけでよい」ということです。それがヒトラーさんも語られていた善悪正誤の判断のない<無知の知の神>と合致した心境であるといえるのではないでしょうか。
そこまで達観するのは難しかったとしても、「自分で選んできたことだから」と因果応報を思えば、少しは気も楽になるのではないでしょうか』
立花 『<心の闇>がこれだけ増大している中、それをどのように受け止めるかという対処法もあると思えば救われます。そしてやはり、心の世界にとってもそれは<因果応報の法則>が肝なのだということですね。
私たち人類は、唯物的観念に取り込まれ、あの世や死後世界を否定し、ひいては神を、そして神が牽引している<因果応報の法則>という叡智さえも否定した結果、あらゆる分野において問題が生じました。それはつまり<心の闇>を濃くしてきたということであり、むしろそれが源泉であったのだということ、そして今やその闇がアストラル界とも地続きにつながっている状態なのだということが、今回よくわかりました。
みなさん、お話をお聞かせいただき、ありがとうございました』